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Onde e o“JOGO BONITO”?
(ジョゴ・ボニート=うつくしい しあいはどこへ?)

ワールドカップが終わって・・・。 工藤 修一

ワールドカップが終わりました。なんでしょうか、この空虚な感じは。もっと見たかったですね。いろんなプレーを。

イタリアの24年ぶりの優勝は欧州各国リーグで実績を積み重ねた選手たちと同じく欧州で実績を重ねた監督の必然的な優勝だったのかもしれません。

「うつくいしあい」ではなかったかもしれませんが、イタリアは昔から現実的な試合をします。すなわち「何はともあれ勝利」という感じがします。わかりやすい哲学。でも実現は本当にむずかしい。その選手の意識の結晶は!                                                               日本の少年たちはまずはイタリアのファッショナブルな?選手をカッコから目指して今後4年がんばるのかもしれません。

かたや日本、ブラジルは「うつくしいしあい」をしようとしたあまりに厳しい現実を知りました。

ただ、ジーコの貢献は、皮肉ではないのですが監督の力量でごまかしのような成績を残そうとしたのではなく「今ある日本の力」をさらけ出して多くの日本人に「これでは世界と戦えない。」と認識させてくれたことに意義があったように思います。間違いなく近年最高のタレントをそろえた日本代表。でも、海外組みと呼ばれた選手たちもそのクラブでレギュラーは中村だけ。世界的に見たら「普通、普通以下」の選手たちの集まりの日本代表。仕方がないと思います。私は皮肉をいいたいのではなく「世界的に見て普通」の選手がいることが日本の進歩だと思うのです。4年、8年前には考えられなかったことですから大きな進歩を遂げていると思います。だからこそ今回の成績はしっかり検証すべきでしょう。オシムの報道に振り回されることなく。もちろん大きな期待をもってオシムを迎えたいです。また、4年後もアジアを突破して南アフリカへ行ってほしい。

一方、ブラジルはやはりブラジルでした。ただ、現実的な選択に欠けていたと思います。ただ、私も唯一理解できるのはロナウドがどんなに太っていたとしても(過剰報道?)私もロナウドを選択したであろうということです。彼は現代サッカーの夢です。だれも決められないような難しいゴールをいとも簡単に決めてみせる事に関しては誰もその領域にはいないと思っています。 日本戦での4点目がまさにそれかもしれません。

「サッカーは過去と今をつなぎ未来を信じる力」だと思います。

先日、NHKのドキュメントでやっていましたが、6月22日日本vsブラジル戦。世界の3つの場所で同時に進行していく人間ドラマがありました。重病で苦しんでいる愛知の小学生が中村選手にあこがれて直接励ましてもらい手術を決意し、中村の活躍を固唾を呑んでTVを見ている姿、またマドリッドのスポーツマーケティング会社の一室では選手の移籍を管理する代理人が試合中に選手のパフォーマンスを見ながら交渉相手と話し巨額の富を得ようとする苦悩する姿、そしてブラジルのサンパウロ日系人街の体育館。大勢の日系人が祖国日本との試合をスクリーンで観戦します。祖国日本を離れ移民としてブラジルへ渡った夫婦。ブラジルでも苦労の末に周囲のブラジル人に助けられ幸せな生活をつつましく営む2人。移住して心底ブラジル人になったつもりだったが、日本対ブラジルの試合が進行し、祖国日本が追い込まれていく姿を見るにつれ自分のアイデンティティ、ナショナリズムが沸きあがり試合の最初にはブラジルを応援していたはずがいつしか日本を応援するようになっていく姿。それらが同時に進行していくのを見ていてサッカーは過去と今をつなぎ未来を信じる力なんだなとふと思えてきました。

そして世界で4つ目の相模原の私は早朝から家族5人でなんともいえない雰囲気の中で遠いブラジルの友人たちや2002年のことに思いをはせつつも当然のように日本を応援し、玉田のゴールに絶叫していましたが形勢が逆転するにつれそのサッカーの奥深さを見せ付けられ無言になっていきました。家族みなそうでした。黙って画面を見つめるのみでした。だから直後の6時のニュースで見た、パブリックビューイングで会場に残った若者たちがテレビカメラに笑顔で手を振る、必死にテレビに写ろうとする姿を見て日本の「浅さ」を余計感じていらだってしまいました。こっちは泣きたい気持ちなのにと・・・。

そんな中、最後はイタリアの優勝よりもジダンの愚行が注目されました。その後の「真実」も話題になっています。記者たちが選出したとはいえ大会最優秀選手に選ばれたことも疑問を大きくしています。この件についてジダンは、「ファンや子どもたちに申し訳ない。」と話しています。コラソンの子どもたちは「すごいことをした。」と言っていますが、許されるべきことではないと思います。何のための「フェアプレー」の提唱か、「人種差別反対」キャンペーンか。暴力で解決することはないのではないでしょうか?

「ゲームを壊すな。」

選手はそのゲームのバックステージ、バックグラウンドを意識すべきではないでしょうか。プロであったならファンへの感謝。だれがそのステージにたたせてくれたのかを。スタンドに足を運び、名前の入ったシャツやグッズを買い、本を買う。ファンとして当然の行為こそがその選手の生活や価値を支えていることをもっと意識すべきでしょう。「みんなだれかのヒーロー。」だと思います。もし、私たちコラソンからプロ選手が誕生したらその選手が辞めるまであるいは辞めた後も動向を気にするでしょう。

ドイツではジダンが今大会の予選リーグの試合後、ロッカールームで苛立ちをその部屋のドアに向けました。後に大会最優秀選手なる彼に蹴られてへこんだドアは、「偉大な選手が蹴ったドア」として残されることになりました。

ヨーロッパのサッカー文化とは失礼ながらそんなものかと思ったりもします。

選手は試合がすべてであり、試合前後の醜い、あるいは自己中心的な立ち振る舞い、言動など賛同できないものが多くありませんか。

負けて泣いてもいいけど、一人だけでピッチに大の字になった中田を見た、あのブラジル戦直後。私は「これはサッカーではない。」という不可解な気持ち、怒りが予選リーグ敗退、ブラジルに負けたという現実。そのショックと同じぐらい湧き上がりました。ついでですが本当に引退は残念です。もっとサッカーへの執念や情熱を見せてほしかった。

自己中心的行動、人種差別や家族に対する侮辱発言、審判を欺こうとするシュミレーション、大げさな痛がり方。そして試合の度重なる中断。それが駆け引き?ゲーム?なのでしょうか。

そんな問題が少しでも解決したようには思えない、そうでなくても未来を信じさせてくれるような部分が少ないワールドカップでした。開会式の暖かい幸せに満ちた演出からは程遠い印象を最終的にはもってしまいました。

私にとって収穫はロナウドが4大会連続出場して通算15点をとってトップスコアラーになったこと。

私が中学のときの地元鹿児島の有名選手であった上川徹さんが3位決定戦で主審を務めたことでした。彼は親しい友人だったわけではありませんが、やんちゃ坊主のような選手で彼の中学校と試合するときはいつも彼が中心で彼のレベルは違っていました。私の中学は当時県下で無敵でしたが彼個人は際立っていたという印象があります。現在のJリーグで活躍するのを何度も見てきましたし、横浜国際(日産スタジアム)でトヨタカップの第4審判を務められた際は私は県協会の役員でお手伝いをしました。また、私の準指導員資格取得(C級ライセンス)の時はルールの時間の講師でお世話になりました。身近な方が世界の舞台で堂々たる活躍をされたことを心から祝福したい、私たちの誇りだと思います。

そして最後に結実はしなかったけれどこれまでのジーコのサッカーの哲学、功績に感謝したいと思います。

また4年後を楽しみしています。

「うつくしい しあい」が待っていることを信じて。

あの金色のトロフィーとFIFAアンセム、ペレ・・・何度見ても感動してしまいますものね。


2006ワールドカップ 日本 一次リーグ敗退

2006年6月23日


日 本 代 表 決 定!

よく4年間の集大成といいますが、 それは4年間だけのものではありません。

Jリーグ創設 以来日本のサッカーの発展に直接関わり、見続けたジーコは、単に 招聘された外国人監督ではありません。彼は私たち日本人の良さ、国民性、 文化を理解しているからこそ15年近くの間私たちのそばにいたのだと思います。

以前も書きましたが、Jリーグ以前からブラジル人は日本のサッカーの発展に一番 大きく寄与してくれている民族です。

ドイツ大会最高のスターであるロナウジーニョ が所属するスペイン・バルセロナのライカールト監督はオランダ人ですが、最高 の敬意を持って「ブラジルは、サッカーの発明国だ。」と言っています。

だからこそ日本はブラジルから学んだ、ジーコから学んだ すべてを日本の未来への指針として示して ほしいと思います。

うつくしいしあいをしよう、にっぽん!

" JOGO BONITO "


今年のテーマは、 

“JOGO BONITO”
(ジョゴ・ボニート=うつくしい しあいをしよう!)


コラソンは今年もたくさんの美しいゲームをお見せできる様にしたいです。

そして、デザインはいろんな愛が一つに集まる“ワールドカップ・ドイツ大会”をイメージしました。

ワールドカップ・イヤーである2006年。
日本(選手・私たち国民)とブラジル(ジーコとスタッフそして日本を応援するブラジル人)のパッションがドイツで結実することを信じて6月を楽しみに待ちましょう。


2006年がやってきました。サッカーに関わる私たちにとってワールドカップ・イヤーは特に重要です。それは新たなスターが生まれるかどうかという期待、戦術的に進歩がみられるような革新性があるかどうかなどを確認するためです。

早いもので私たちの国、日本とお隣韓国で開催された前回大会からもう4年が経ってしまいました。
この4年の間にコラソンに入っていただいた方にはなじみがあまりないかもしれませんが、当時、日本中が熱狂的な騒ぎになっている時、子どもたちも含め、みな一つ一つの試合を堪能し、また日本を勝利を信じて応援しました。

そして、私たちの日本代表が仙台でトルコに負けた後は、なじみの深いブラジルを応援しました。優勝の表彰でブラジル代表キャプテン、カフー選手がワールドカップ・トロフィーを掲げた時の表情と紙ふぶき、その時の充実感や高揚感は一生忘れないでしょう。

私は、コラソンの代表、県の代表として日本代表のロシア戦、ブラジル代表の決勝ドイツ戦の際に横浜でチームのお手伝いをさせていただきました。仕事自体は用具係りと取材陣などの人員整理などでしたが身近にトップレベルの選手たちの動向を観察したりすることができましたし、日本代表の歴史的初勝利、ブラジル代表の5回目の優勝に立ち会うことができました。また、ハプニングで表彰式の後、ロッカーでトロフィーを恐る恐る触れる幸運にめぐり合い記念写真を撮ったのが今でも嘘のようです。(未だにホームページに掲載中です。)

ドイツでは何が起きるのでしょうか。Jリーグが1993年に発足してからもう13年が経ちました。その前の日本リーグ時代からブラジル人の選手、スタッフはたくさん来日して活躍し、今日でも大きな影響を与え続けています。

しかし、日本にとって3回目のワールドカップにして初めて日本とブラジル(ジーコ監督・スタッフ)のコラボレーションで戦うことが、同じく近代日本サッカー創世記になじみの深かったドイツの地でようやく実現するです。私はきっと何かすごいことが起きると思っています。そう信じて応援していこうと思います。バッシングがあっても静かにワールドカップ出場を信じたように。(あの時、「出場は無理だ。」と言っていた人はどこに行ったのでしょうか?)
 
さて、2006年コラソンは、新しい道を作り出します。
今年もご支援のほどよろしくお願いします。


2006年2月22日(水)日本代表を応援してきました!!

日本 6−0 インド

 

**集合写真をクリックすると拡大写真がでます!**

 

 


2005年6月8日(水)ワールドカップ出場決定!!

Parabéns! Seleção Japonesa!

おめでとう!日本代表!

おめでとう Zico!

おめでとう 日本のサッカー!

祝 ワールドカップ出場!

Vamos a Alemanha!

日本 2−0  北朝鮮

静かに信じたかいがありました・・・。

これからさらに日本とブラジルのサッカーの融合が深まることを祈ります。

Obrigado, Zico!  tamben agradeço pela meus amigos Brasileiros!

2006 ドイツW杯アジア最終予選

日本 2−1 北朝鮮

日本 1−2 イラン

日本 1−0 バーレーン

負けると「采配が悪いだ。」の、「W杯に暗雲だ。」の報道って怖いですね。持ち上げたり落としたり。建設的な批判精神は必要ですが、刺激的な言葉で翻弄しようとしている安っぽい意図もちらほら感じることもあります。(選手のちょっとしたコメントを監督批判に利用したり・・・。)

だからこそ、サッカーをちゃんと見たいですね。大声で叫んでも、信じて心静かに応援したいものです。私たちは最後の結果が出るまで信じるしかないと思います。

私は日本人の民族としての可能性とブラジル人のサッカーの歴史とその愛情の融合を信じます。工藤