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de Futebol Clube CORAÇÃO
2009 BRASIL遠征 報告・photo
インファンチル3年生 2009/8/13〜8/28
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8月28日 金曜日
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上から
1.コルコバードのお土産やさん「はたの商会」にて。
現在は、ホテルや空港で無線LANのサービス(有料も含め)があり、スカイプまでできてしまいます。ここアトランタでも日本、ブラジルとも話すことができ世界が小さく感じます。
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8月25日
朝はゆっくりした朝食を・・・と思いましたが、ビーチでジョギン グするというちょっとリゾートな贅沢を味わおうと早めに起きて ジュニオールと1時間ほどジョギングしました。滞在したコパカバーナ・アトランティスホテルはちょうどコパカ バーナとイパネマの両海岸の中間にあるのでジュニオールが観光客の少ないイパネマがいいということでそちらへ。
20年前に初めて来た時は毎日のようにこのイパネマ海岸へ来ましたが、印象は例年来ているコパカバーナのほうが強く特に思い出にひたるほどではありませんでした。
ジュニオールと、共に痛めている半月板の痛みに耐えながらのジョギングはちょっときつかったけれど清々しい思い出になりました。
戻って子どもたちと顔を合わせ、今日はリオデジャネイロ市の向かいのニテロイ市へ。ニテロイ市はリオデジャネイロの対岸にあり約4Kmの橋で結ばれています。
ニテロイにはブラジルの代表的な建築家であるオスカル・ニーマイヤーの代表的な建築物である現代美術ミュージアムがあります。オスカル・ニーマイヤーは現在100歳でまだ現役で活躍する世界的な建築家で首都ブラジリアの都市設計を担当し首都のあらゆる建物、国会議事堂や教会、またブラジルだけでなく各国に招かれ重要な建築物を設計しています。特徴的なことはほとんどが白で曲線的なデザインでふくよかさや未来を感じさせてくれるデザインです。
実はアララスにも小さい劇場がありましたが今回は見ることがありませんでした。岩場の海辺にまるでUFOが着陸したような建物は、彼曰く「湾の淵に咲く一輪の花のような」というには強烈なインパクトを与えてくれます。子どもたちには現代美術というものがどれくらい楽しいかわかりませんでしたが、いくつかは「反戦」「政治的な抑圧」をテーマにした作品があり何人かの子どもたちに説明したら興味深く見ていました。
その後はニテロイのサンペドロ魚市場へ。ブラジルでは肉、肉、肉ということでジュニオールと運転手ルイスの薦めで魚市場へ来ましたが、子どもたちは魚の臭いでと床や商品棚の消毒液の臭いで「肉でいいよ〜。」「近くのマックがいい。」と。ここは取れ立ての魚を選んで買い(お店は20軒ほど並んでいます。)、上のレストランで調理してくれるというなかなかおもしろい市場です。アジ、鯛、イワシ、太刀魚、金目鯛、そして伊勢エビ、ブラックタイガーなど日本でもおなじみの魚と珍しい魚がいくつか、それも大量に売っています。子どもたちはあまり好きでない様子だったので太刀魚とエビだけ買いました。
2階のレストランも吹き抜けのため魚の臭いは充満して子どもたちも閉口気味でしたが、頼んだ太刀魚の切り身を塩こしょうで味付けしフライしたもの、エビをニンニクオイルと塩こしょうでソテーした2つの料理はあっという間に平らげてしましました。新鮮なお魚はどこでもどんな料理法でもありがたいものですね。
その後、リオデジャネイロに戻り夕方になりました。ホテルに帰ったらいいなと思ったのですがジュニオールがパケタ島にどうしても行くと言い出しました。パケタ島は一度も行ったことがありませんが、美しい場所だと読んだことがあります。彼も一度も行ったことが無いにもかかわらず言い出したので仕方なく・・・。リオの港からの出港は16:45!陽はくれていく一方で着いても何も見えません。ただ、昨晩に続きリオの夜景を十分堪能しました。船は大型のフェリーで通勤客が帰宅するような感じでした。先ほどのニテロイへも船で通勤する方もかなり多いようでした。
真っ暗な夜の海を約1時間。パケタに着いた途端にどしゃぶり!子どもたちも「ジュニオール〜、頼むよ〜。」とあきらめ顔で文句を。真っ暗な町ではほとんど何も見えません。しかし、なんとここは車が走っていない、通行禁止の町なのでした。通勤客のバス代わりにトラクターの引っ張る20人ほどの乗れる貨車?警察官は充電式のカート(ゴルフ場にあるような)で警備を。ほとんど島の方々は自転車で走っていました。道路は舗装されていないし、静けさが平和な感じを醸し出していました。雨がやんだのでおなかをすかせた子どもたちには得意のパステウを買ってあげて何となく町並みを眺めて戻りました。なぜか帰りは小型のフェリーで40分ほどで帰ることができました。
夜はまたコパカバーナの露天商に向かい最後のお土産買いに子どもたちは繰り出しました。まともな夕食がとれない忙しさだったので買い物が終わったらハンバーガーショップへ。閉め切られた店内ですが、店外では物乞いの若者がしつこく食べ物やお金をねだるポーズをします。食事をする気にもなりません。彼らは外でも物乞いはしますが、暴力はしません。とりあえず私たちが大勢だからでしょう。「政府のせいでホットドッグショップをつぶされたから飯も食えない、少しでもいいからお金をちょうだい。」となんだかいろんなことを言ってせびってきます。
無視する時もありますが、「自分もそうなりたくないから毎日働いてる。日本人だって大変なんだから。」とこちらの言い分を戦わせることもあります。毎年のことですが、厳しい貧富の差がある現実を子どもたちに話しながら夜の散策をしました。現実がどう映ったか・・・。
8月26日
荷造りのため朝のジョギングはやめにして整理をしてから最後の外出へ。リオスールという大きなショッピングで買い物を。午後は2時間ほどビーチで遊びました。こちらは例年になく寒く「灼熱のブラジル!」という一般的な印象とはほど遠い気候でしたが、しばしの水遊びで楽しそうに、名残惜しそうに過ごしていました。
4時過ぎになり肌寒さがましてホテルに戻りました。途中で私は康太(渋谷)と街角の床屋さんへ。「ブラジルで散髪してみようぜ!」と誘ったのですが唯一ノッてきたのは彼だけでした。実際には彼の要望は私の稚拙なポルトガル語ではうまく通じず昔の中田カット(彼曰く原田コーチのカット)にはほど遠いものでしたが、すっきりしてなかなかできないよい感じ本人も気に入っていました(?)店の方も「日本人の髪を切るのは初めてだから・・・。」とちょっと緊張していたのがおもしろかった。
すべての日程が終わり空港ではアララスに帰るジュニオールとお別れでした。いつも冗談ばかり言っているけど本当にまじめな人なので自分から子どもたちにはメッセージを言ってくれました。
「ここまでの日程でみな無事でよかった。」
「みんなが集団行動を乱すこと無くできたことはすばらしい。」
「いくつか間違いがあったかもしれないけれどブラジルでは普通のことではあるけれどごめんね。」
「来年の3月にはコラソンを卒業してしまうけど高校でもこの経験を活かしていけるよう幸運を祈っています。」
彼の飛行機の都合で先に私たちが見送りすることになりましたが、一人一人と固い握手と強いハグで別れを惜しんでゲートに消えていきました。
2週間の時間はあっという間に過ぎました。しかし、待っているお母さん方には途方も無く長い時間だったかも知れません。この時間ではサッカーの楽しさや厳しさだけではなくブラジル人の持っている「生き方」を垣間みることができたのではないでしょうか。日本のようになぜだかとにかく忙しいということがなく、子どもにとっての自由度が高い、好奇心や探究心を素直に表現できる社会。もちろん、その分だけ実力がなかったり、選択を誤れば、あるいは貧しければ振り落とされてしまう自己責任の社会。だからこそ、みな自分をちゃんとアピールし明るく生き抜こうとしているように見えます。その中にサッカーが中心としてあります。
自由度は少ないし、いつもなんだか忙しい、でも守られている私たちの社会。果たしてどちらがよいのでしょうか。
また、ブラジルはサッカーの国です。多くの人がサッカーというものを愛し社会がサッカーを文化として尊重しています。経済の発展や子どもの教育のチャンスと理解しています。貧しいけれど夜でもナイターがついていて自由にサッカーを楽しむスペースがあります。どこでも楽しめるような社会的な配慮があります。
日本はサッカーの国ではありません。でも、私たちはそのサッカーを選んで人生を生きています。だからこそ、この国に来ようと思った。こういう文化を知るチャンスを得たのだと思います。
ブラジル人の特に男性においてサッカーは生き様です。自分の応援するチームは何よりも優先します。決してそのチームを変えることがありません。その哲学は大きな宗教でもあります。
その上で、いつも息子パウリーニョを応援している父パウロが「自分はコリンチャンス※を応援しているけど、コリンチャンスよりももっと重要なのはコラソンなんだ。」と言ってくれたのはとてもうれしかったです。発言の重さを子どもたちも理解してくれる日が来ると思います。
ブラジルの現実、家族と離れた時間が自分やサッカー、家族を見つめ直す時間になったことを祈ります。今回はインターネットの無料テレビ電話スカイプを使ってアララス、リオからも各家庭と通信しライブで様子を見ていただくことができました。
子どもたちは恥ずかしそうで無愛想だったけれどほっとしたに違いありません。お母さん方のひとつキーの上がった声のトーンが印象的でした。無事にすべての行程を終えることができましてほっとしていますが、新しいサッカーの魅力を体験して子どもたちがさらに成長してくれることを祈ります。
ありがとうございました。
※コリンチャンスはブラジル最大のサポーター組織を持つサンパウロ州の代表的クラブ。一部恐れられている暴力的なサポーターもいますが、貧富の差を問わず大きな人気を博しています。今年からロナウドが加入し州選手権、カップ戦で優勝しているためより活気があるチームとして取り上げられています。
8月24日 月曜日
久しぶりにゆっくりした朝食を取りました。
スカイプのコールが相次ぎ、子どもたちも今更ながら恥ずかしそうに無愛想な対応をしていました。
曇り空で心配でしたが、キリスト像のあるコルコバードへ向かいました。今回はケーブルカーで登りました。
幸い雲もほとんど無く、むしろ夜明けのような薄暗さが幻想的な空を演出しているような光景が眼下に広がりました。
子どもたちも思い思いに写真を撮り、この世界的な名所のすばらしさを堪能していました。
その後はケーブルカーの出発駅まで降りたところで偶然、日本語が目に飛び込んできました。
「はたの商会」というお土産屋さんでした。
入ってみると「はたの」さんという千葉からの一世の方が娘さんと経営されていました。
子どもたちも日本語での薦めに財布の紐もゆるく、少し安かったので結構買い物を楽しみました。
はたのさんは移民して40年ほどになるそうですが、年1回は日本に帰っているそうで言葉も全く普通でびっくりしました。
アララスについでまたも日本人の移民の歴史を少し伺い興味深く短い時間を過ごしました。
そして昼食を取る間もなくポンジアスーカへ。
ポンジアスーカは訳すると「砂糖のパン」と言われる2つの岩山で、それをつなぐロープーウェイが世界的観光地として知られています。コルコバードとともにブラジルを代表するところで世界各地からの観光客で賑わっています。夕暮れのタイミングを計って登りましたが、あいにくの曇り空のため夕焼けは見られませんでした。
しかし、朝のコルコバード同様に幻想的な雲が広がって独特の雰囲気を出してくれていました。
夕食は近くの町がどのレストランへ。地元の方で賑わう店だったため安くておいしいところでした。観光地のレストランの半額近い値段だったのは驚きでした。
その後は夜市の露天商へ行って思い思いに買い物を楽しんでいました。「まけて」とか買い物の用語をいくつか覚えたようです。
8月23日 日曜日
アララスを早朝7時半に出発。
シャカラでの生活のご飯やお洗濯をしてくれたシーダさんやご主人、いつも明るい笑顔のジェシカが見送ってくれました。カンピーナスのヴィラコポス空港にも予定通り到着しリオへ約45分ほどの空のたびをしました。リオでは以前もガイド、運転手をしてくれたルイスがくることになっていましたが、1時間以上も待たされたので久しぶりに思いっきりクレームを言いました。私はポルトガル語はまあまあですが、怒ればどこの人も理解します。(その後の待ち合わせで遅れなかったのはもちろんです。)
気を取り直せないままでしたがいわゆる大人の対応で食事を取り、すぐにマラカナン・スタジアムへ。試合はブラジル全国選手権1部でリオの人気チーム、フルミセンセ対サンパウロ州の新興チーム、バルエリの対戦です。
フルミネンセは昨年も観戦しましたが、昨年は1部1位でクラブワールドカップの南米予選で決勝まで行ったクラブです。
しかし、その後に活躍した多くの選手が国内外に移籍してしまったため現在1部で最下位。バルエリはバルエリ市の協力を得た新興のチームで勢いがあり現在5位。上位のチームなどを倒して勢いにのるチームでした。
試合は2人の退場者を出したバルエリに決定機をほとんどつくれないフルミネンセがホームのサポーターの強烈なブーイングや批判を浴びて0−0で終了でした。
子どもたちは試合内容よりもブーイングのほうがおもしろかったのではないでしょうか。 観客も1万人しか入らず寂しいスタジアムでしたが、サンパウロでの観戦に続き日本と違った風景に興味を持ったと思います。
マラカナンスタジアムはブラジルを代表する、世界的にも有名なスタジアムです。現在は改修され8万人ほどの収容人数ですが、改修前は長いすの観客席だったため20万人が観戦したと言われるほどの世界最大のスタジアムでした。私も20年前にそれくらいの大勢の観客の中で南米選手権のブラジルvsウルグアイの決勝を見たことがありますが、恐ろしいほどの人の波だったことを覚えています。(1−0でブラジルが優勝。)今回は2014年のブラジルでのワールドカップの開幕戦の会場になるであろう、サンパウロのモルビースタジアムと決勝の会場であるマラカナンスタジアムを両方見れたことになります。(私は毎回来ていますが。)
その時にはきっと子どもたちも思い出してくれるでしょう。5年後は20歳、19歳になっているころですね
8月22日 土曜日
【試合結果@】
FCコラソン ○1−0 ジェマ【試合結果A】
パカボル ソサイチトーナメント(6チームによる)
参加チーム:コラソン・ジャポンA,B コラソン・ブラジルA,B、サンカエターノA,B
私はA,Bをほぼ均等分けにして激しい試合を期待しました。
A 4−2 サンカエターノA
B 6−0 コラソン・ブラジルB
A 1−0 コラソン・ブラジルA
B 4−2 サンカエターノB
決勝
A 5−1 B
コラソン・ジャポンAが優勝しました。
A・・・中村、澁谷、山崎、佐野、川野、大越、Jefferson
B・・・伊藤、佐藤、榎本、横倉、戸田、佐川、Robinho
ベストゴールキーパー賞に中村祐生。得点王に戸田康太が選ばれました。
決勝の真剣な試合ぶりを今後も見たいものです。夜が明けまして7時半にはここアララスを出発してカンピーナスに向かいます。
そしてカンピーナスのヴィラコポス空港からリオデジャネイロのサントスデュモン空港に向かいます。
リオでは明日はのんびりと過ごし、夕方にはマラカナンスタジアムでブラジル全国選手権を観戦予定です。ここまでの8日間みんな怪我も無く無事にアララスの日程を終えることができこちらの方々に心から感謝したいと思います。
8月21日 金曜日
【試合結果】
FCコラソン △1−1 コンシャル
4日ぶりの晴天に恵まれ、溜まりに溜まった洗濯物をようやく乾かせる陽気になりました。
ユニフォームやスパイク、部屋着やタオルまで濡れたものばかりで乾燥機を買わないといけないじゃないかと悩むほどの長雨でしたので一安心です。
朝から今日もご家族のスカイプコールが相次ぎました。
嬉しいけれどなんとなく無愛想に応対する子が多いのがおもしろいです。
そんな中、スペインから田畑利洋コーチのコールもありグローバルな感じで会話を楽しみました。
日本からは新田、水田、光俊コーチから一緒にコールがあり、子どもたちも相次ぐコールに嬉しそうでした。
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午前は30分ほどアララス市の中心街で散策をしました。
昼食後は20Km先のコンシャル市へ。毎回、市のほうからお迎えのバスも着てくださいます。
今回もそのバスに乗ってさとうきびやオレンジ畑を一直線に横切るような高速道路を通って向いました。
コンシャルの人口は25,000人の小さな町でオレンジや農作物が主な産業のようです。
市の小さな、シンプルなスタジアムで市長と見られる方が市制60周年記念の盾をプレゼントしてくださいました。
また、ブラジル国旗、サンパウロ州旗、コンシャル市旗の3旗を掲げて試合前のセレモニーを行っていただき、私は大変感激しました。
試合はかなり難しいものでしたが、よいリズムの攻撃もありました。
後半、すばらしいミドルシュートを決められ0−1に。こちらは決定機を何度もはずす展開でしたが、主審の粋な計らいでロスタイムは5分。
30分ハーフでしたが、同点ゴールは32分でした。
主審にアイコンタクトして「5分くれ!」と合図したら本当に大丈夫だったのでうまく買収できました(?)
報酬はコラソンの携帯ストラップでしたが、大変喜んでくれました。
8月20日 木曜日
【試合結果】 FCコラソン ○ 2−0 サヤン
夜からの雨が降り続き、GEMAでのJOSE OMETTOとの試合は土曜日に延期。
午前中はゆっくり過ごし、12時に近くの室内温水プールでリラックスタイムを過ごしました。
昼食後はさとうきびの精製工場ウジーナ サン・ジョアンに行き、工場内のすばらしいグラウンドでサヤンクラブと試合を行いました。
毎年、各子どもたちにメダルなどを用意して待っていてくれます。毎回コラソンが勝つのにもかかわらず。
今回も楽な試合ではありませんが、勝つことが出来ました。
ブラジルの人はストレートなので負けるとさっさと挨拶もせずかえる人もいます。しかし、サヤンはどちらかというとアララスの中では上流のクラブなので
教養のあるコーチたちで気持ちよく終えることができました。
この試合の様子を地元のテレビ局「オピニオン」が取材にきました。
おもにジュニオールへのインタビューでしたが、私もポルトガル語でインタビューに応じました。毎回、こういうった取材等は全部ジュニオールに任せたいと言っていますが、
もう10回以上もブラジルへきているので断りづらく何とかうまく?乗り切りました。
試合後は、ジュニオールいわくアララス市で今もっともおいしいと評判のパステラリア、「ジェンゴ」へ。
こちらも日本人の方が経営されています。わずか5歳と8歳でブラジルに渡られた一世のご姉妹の方で現在60代半ばから70歳ぐらいになられています。
お母様は昨年96歳でアララスで亡くなられたそうです。
ご姉妹は長崎からこられた移民の方でとにかく働くしかない人生だったけど楽しいとおっしゃっていました。
現在はお姉さんはずっと独身なのでお一人で、妹さんは娘さん2人とお孫さんに囲まれ幸せそうでした。
昨年の移民100周年の時から移民の方の歴史に少し興味があり、本も読んだりしていましたが実際に生き字引のような方と次々とお会いできるとは思いませんでした。
とにかく苦労が絶えず(開拓や戦時中の迫害)働くしかなかったとおっしゃっていましたが、きらきらと輝いている瞳がとても印象的で常に前向きに生きてらっしゃるのがわかりました。
日ごろの子どもたちとの生活は、今年のテーマのように育成することは未来に触れていること。すなわち「きょうはあしたのたね」だと思っていますが、
移民の方の歴史を少し伺ったことは、こうしてサッカーを通してブラジルに来ることができたのだから知りえた「民族の歴史」「きょうはきのうからのおくりもの」なのだと思いました。
お二人とのポルトガル語と長崎弁での話は尽きない感じでしたが、記念写真を撮りジェンゴを後にしました。
その後、パカボルに戻ってコラソン・ブラジルの練習を見ながらサヤンでの取材の放送を待ちました。
番組は始まってもなかなか出番が来なかったのですが最後の最後に紹介され、パカボルにいたブラジル人やコラソン・ブラジルのスタッフ、子どもたちみんなで盛り上がりました。
8月19日 水曜日
【試合結果】
FCコラソン ● 0−4 サンパウロ・モジミリン
モジミリン市はアララス市から45Km離れたところにあります。
サンパウロ・モジミリンはサンパウロFCのフランチャイズ校ですが、セレクションで入っているわけではなくスクールだということでした。
しかし、各個人のテクニックは高く、戦術的にもしっかりしていたのでなかなかボールを奪えませんでした。
4失点は自分たちのミスから与えたものばかりで、差はそこまでなかったと思いますがこれがブラジルサッカーとの大きな差かもしれません。「決めるべき時に決める」ということかもしれません。
先日のウニオン戦に続いての完敗に無言で帰路についたことはいうまでもありません。
8月18日 火曜日
朝はゆっくり10時半から1時間半ほどパカボルで紅白戦を行いました。
日本からスカイプのコールがあいつぎ、呼び出された子どもたちは恥ずかしそうでしたが地球の裏側からの元気な様子にお母さん方の声が弾んで聞こえました。
安心していただけてよかったです。
【試合結果】
FCコラソン ● 0−4 ウニオン・サンジョアン
午後はアララスの唯一のプロクラブのウニオン・サンジョアンと試合を行いました。相手は同年代(インファンチル)とはいえ、みな当然セレクションで選ばれたプロを目指す子どもたちです。パスは回され防戦一方の展開となり、結果は0−4の完敗でした。
途中から激しい雷雨となり日本だったら中止になるような悪条件でしたが、インファンチルの選手たちも隣のグラウンドで練習試合を行っていたプロの選手たちも平然とプレーしている姿が印象的でした。
試合の後は町のパステラリアへ。
パステラリアとはパステウを売るお店の事です。パステウは揚げ餃子のようなスナックで中身がひき肉やチーズ、椰子の芯などシンプルなものが入っています。市内にはいくつかのパステラリアがありますが、先日、スーパーマーケットで出会ったサイトーさんのお店を訪ねることに。「パステラリア サイトー」はアララスでは知らない人はいないほど有名なお店だそうで、サイトーさんは日系2世で家族は70年アララスに生活しているとのこと。パステラリアも創業40年以上になるそうです。
なんとなく日本人好みの味付けで子どもたちも2つずつ食べてしまい、「毎日食べたい」と声が上がるほど好評でした。
15年以上前からアララスに来ている私も知らなかったのが不思議ですが、親しみ深い出会いでした。
今夜はシャカラでシュハスコ(ブラジル式バーベキュー)です。
8月17日 月曜日
今日は午前はのんびり散策、午後はトレーニングして夜に試合です。
体も少しずつ順応してきました。※スカイプ(インターネットでのビデオ通話)でブラジルにいるこども達の顔を見ました。シャカラで朝食ととった後でみなそれぞれに散歩に行ってました。いつもと変わらずとても元気そうで、「楽しい!」と返事してくれました。うれしかったです!ほっとしました。
【試合結果】
FCコラソン ○5−1 COMERCIAL
午前の散策は湖でスワンをこいで競争。一汗かいた後、おやつにアイスやココナッツのジュースを飲みましたが、みな慣れない味にちょっと首をかしげていました。
昼ごはんの後は2時間ほどパカボルでソサイチの紅白戦を行いました。ジュニオールと私もそれぞれのチームに入りかなり厳しく追い込みました。
試合は夜8時半キックオフ。昼の練習で追い込んだせいか、かなり集中力が高くいきなり豪快な先制点がきまると前半だけで4−0と圧倒。後半はかなり相手が神経質になり荒れた試合展開になりましたが、落ち着いたゲーム運びを見せて5−1の勝利を収めました。ここまでの中で一番闘志や一体感のある試合ができました。
明日もこれを続けていきたいです。
明日はウニオンサンジョアンとの試合です。
8月16日 日曜日
こちらは元気にやっています。今日は隣町のLEMEにあるEMPYREOというクラブに行きました。
EMPYREOというクラブはクラブ員が3000人、駐車場はゆうに1000台は停められそうな敷地にソサイチコートが7面、サッカーコートは2面、大小のプールが4つ、テニスコートが6面、ビーチサッカーコートが2面、レストランやスワンのある湖、シュハスカリアなどを完備しているところです。会長さんにも偶然あったけどコラソンTシャツをプレゼントしたらすぐ着てくれました。うれしいです。水辺のクラブということで望地(相模原市)につくれたらいいなあと思える施設でした。【試合結果】
FCコラソン ○ 7−2 EMPYREO
試合は7−2で圧勝しました。前半があまりにもひどい出来だったけれど(0−2)、後半は全開でひっくりかえしました。会長さんが広海を絶賛していました。
着いてから本当にゆっくりする暇がなかったので試合後は1時間以上芝生でのんびり相手チームの人や子どもたちとコミュニケーションをとっていました。ブラジルの子どもたちと一緒に体幹トレーニングをしたらEMPYREOのコーチ、クラウディオさんも興味深く見て一緒にやっていました。
昼食もクラブのレストランで食べたけれどたくさんの家族がいてみんな楽しそうでした。
シンプルな幸福感が漂っていますね。クラブライフは。
その後、MOURAOという動物園に行きました。無料で入れるから結構たくさんの家族連れでにぎわっていました。
カバやライオンや豹みたいな猛獣もいました。自然でいられない動物たちが少しかわいそうに思えてきました。
その後はアララスに戻ってスーパーマーケットに行ってみたけど以前手伝ってくれた子どもたちが17,18や20ぐらいになっていてネクタイを締めて働いていたりしたからびっくり。なんか日本でも時々ある光景だけど、成長した子どもたちが「Oi,KUDO!」と声をかけてくれるとうれしいね。両国で子どもたちの成長を感じられるのは本当に幸せなことです。
夜は2時間ほど子どもたちは寒い中、プールに入ってその後ピザレストランに行ったけど、とにかく疲れちゃって帰ってすぐねてしまいました。 工藤
8月15日 土曜日

子どもたちはみな元気ですが、さすがに移動の大変さに疲れています。
【試合結果】
FCコラソン・ジャポン ● 0−1 サンパウロFCソシアル
FCコラソン・ブラジル ● 0−3 サンパウロFCソシアル
毎年お世話になっているかたがたのおかげで無事にサンパウロFCの訪問ができました。これまでにない晴天と暑さに向かえられ試合も白熱しましたが結果は残念でした。
また、力不足とのことでそうけん、ひかる、すぐま、ひろみが助っ人でコラソンブラジルに参加しました。
その後、広大なクラブ内を見学、記念館も案内していただきました。
予想以上に時間がかかったためサッカーミュージアムの見学は中止して、試合観戦へ行きました。
怖いくらいの激しい応援のサポーターの中でみな時差ぼけで眠ってしまいました。
私もきつかったです。試合は引き分けに終わりました。首位のパルメイラスがホームで引き分けたのでサポーターはため息交じりで終わりました。ブラジル全国選手権1部
(J1と同じようなリーグ戦)
パルメイラス △ 1−1 ボタフォゴ明日(今日)は隣町のレーメ(LEME)に向かいます。 工藤
AM
今朝はよい天気で涼しくさわやかな朝です。今、バスでサンパウロに向かってます。サンパウロFCではいつものようにアンセルモとジュニオール(サンパウロFC)が待っていてくれます。
そのあとは去年できたばかりのブラジルサッカーミュージアムに行き、そのあとブラジル全国選手権一部のパルメイラスの試合を観戦します。パルメイラスはジュニオールの応援するクラブだからちょっと興奮気味です。
今回はサンパウロFCの試合がちょうどモルンビースタジアムで無かったので残念でしたが、初めて違うチームを観るので楽しみです。時差ぼけはありますが、皆元気です。 工藤
8月14日 金曜日(ブラジル)
サンパウロの町が渋滞していたのでアララスに到着するのが非常に遅くなりました。すぐに INSA(インサ)と試合をし、昼食(PM3:00頃)後に、GRENA(グレナ)と2試合目をしました。(コーヒーメーカー・ネスレのグランドにて)
2試合目の試合は食事をした後だったので皆元気でした。ガンガンぶつかりあいながらもいい試合をすることができました。試合が終わったのが夜の11時頃で、それから夜食をとりシャカラで就寝です。【試合結果】
FCコラソン △ 3−3 INSA
FCコラソン ○ 2−0 GRENAシャカラでインターネットが使えるのが明後日になります。写真はもう少しお待ちください。
8月13日 木曜日(アメリカ)
みな元気です。アトランタ・ハーツフィールド゙国際空港での乗り継ぎもうまくいっています。審査などは非常に時間はかかりましたが時間に余裕があったのでピザを食べたり、スターバックスコーヒーで飲み物を注文したり、英語での会話に挑戦していたようです。
アトランタを夜9時25分に出発!待ちに待ったブラジルへあと約9時間ほどで到着です。
アトランタに向かう飛行機の中は例年はブラジル人と日本人が半々でしたが今年は中国人が非常に多かったそうです。英語も非常にうまくアメリカの大学に留学する学生と隣同士だったとか。無事到着しました。安心しました。詳細はアララスに着いてから掲載予定です。
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8月13日 木曜日(日本)

中学生12名と スタッフ1名は、午前9:20町田バスセンター発成田行きの直行バスで出発しました。
DL800デルタ航空 新東京国際空港(成田)15:30発 アトランタ・ハーツフィールド国際空港14:55着(現地8/13)
乗り換えて
DL105デルタ航空 アトランタ・ハーツフィールド国際空港21:25発 サンパウロ グアルーリョス国際空港8:00着(現地8/14)
ブラジルに到着するまで日本を発って約24時間がかかります。
「いってらっしゃい。」
サンパウロの空港にはジュニオール氏が待っています!よろしくお願いします!