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2010 BRASILキャンプ 報告・photo
インファンチル3年生 2010/8/12〜8/27

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みな、元気ですのでご心配なく。ありがとう、ジュニオール、デニーゼ。そしてブラジルのたくさんの友人たち。

ありがとう、コラソンファミリーのみなさま。

リオ・ガレオン空港を25日午後10時12分出発、アトランタ・ハーツフィールド空港を経由して成田空港へ27日午後4時45分到着予定

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ13日目

8月25日 水曜日

いよいよ最終日。
午前中はスーパーマーケットへお土産のコーヒーとお菓子を買いに。
そして、念願のビーチに。のんびりコパカバーナを楽しむ予定でしたが、結局買い物と昼食で3時間ほどでした。

  

意外と駆け足ですぎた3泊4日でした。
では、総括する前にとりあえず空港へ向かいます。

みな、元気ですのでご心配なく。
ありがとう、ジュニオール、デニーゼ。そしてブラジルのたくさんの友人たち。

ありがとう、コラソンファミリーのみなさま。
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ12日目

8月24日 火曜日

午前中はリオの向かいのニテロイ市へ。
ここにはブラジルを代表する建築家のオスカーニーマイヤーが設計した近代芸術美術館があります。
UFOのような建築物が特徴ですが、彼は首都ブラジリアを始め世界各国で活躍した建築家です。
その白く曲線が多い建築物は近未来的な感覚と女性的やわらかさを感じさせてくれるものです。彼はまだ100歳を超え精力的に活動しているのも驚きです。
残念ながら一部がリフォーム中だったので観覧はすぐ終わってしました。
2014W杯、2016リオオリンピックを控え多くの場所でリフォームが目立つのが今のブラジルという感じです。

お昼は地元の魚市場レストランへ。魚市場でかった海老と切り身の白身魚(名前不明)を上のレストランで調理してもらい山ほど新鮮な海老を食しました。
しかし、そのあまりニテロイ島への船を乗り過ごすことに。ニテロイ市内とリオ市内が異常なほど渋滞していたためでした。

ニテロイ島の試合相手は初めてなので会ったこともありません。ジュニオールも心配そうでしたが、何とか大丈夫ということで2時間半待つことに。16時に出航しても17時にしかつかないのでナイターがないと・・・。
実際に17時につくと馬車タクシーがお迎えに。この島は車が走ってはいけない場所。リオでも人気のリゾート地です。馬車自体はじめて乗ったのでちょっと新鮮な感覚でした。5分ほどで試合会場に。相手はムニシパウFC。

ボロボロのコンクリートの建物、グラウンドはほぼ下り坂。どんな試合になるのか?気がついたらナイターはありません。挨拶もそこそこ、おまけに3人のブラジル人ダウ、イアン、GKジャンと自己紹介をしてもらう暇もほぼなく試合開始。結局25分だけで夕暮れ終了。1−2で敗れましたが、濃密な25分でした。それは彼らの感覚、ボールタッチがサンパウロとは全く違ったからです。そして助っ人のフィールドプレーヤーの2人がいきなりにもかかわらずリズムをくずさずシンプルにしかし、自分のよさをちゃんと生かしていました。それはコントロールからパスの速さ、ダイレクトパスの判断や精度、新鮮でした。初めてとは思えないほどフィットしていました。
相手の子どもたちも長短のパスを織り交ぜ幅広く組み立てる、よく整備されたものでした。
「驚きの25分」ジュニオールも私たちみんなも驚きを隠せませんでした。

試合が終わってムニシパルFCの会長ジェロニモさんと話しましたが、「来年も是非と。」私たちを心から歓迎してくれました。リオのチームも紹介してくれるとのことでした。
そして、ぼろぼろの建物もそのはず創立は1918年!ほぼ100年の歴史があったのです。でも、彼だけが職業としているだけであとのスタッフは消防員だったり、会社員だったり人のやりくりが大変だと言っていました。
どんなにぼろぼろでもグラウンド、バール、集会所、会議室、体育館がありました。
クラブがあることの重みを感じます。
最初はプロクラブに眼が行きますが、正直、対戦して太刀打ちできるレベルがありませんし規模が違いすぎます。コラソンとして地域密着の姿勢を学ぶにはアララス、レーメ、コンシャル、ヒロクラーロそしてパケタがよいお手本だと感じます。そして、もちろんコラソンブラジルが。

帰りの船までは歩いて港まで20分。「急げ〜。」みんな汗だくになってやっと間に合いました。
途中、まぶしい満月の月明かりが海を照らしていました。神秘的な光が海を照らしていていました。
この景色も含め不思議な魅力が最後に待っていたようでした。
「なんとブラジルは広くいろんなものがあることか!」ジュニオールと驚きと幸福感で一日を終えました。

   


 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ11日目

8月23日 月曜日

今日はリオデジャネイロで代表的な場所を2箇所訪れました。

午前中はコルコバードへ。
キリスト像で有名な代表的な場所です。月曜日なのでのんびり構えていましたが、ケーブルカーの駅には多くの人が。結局1時間待ちになりました。そして、13:00にようやくケーブルカーは発車。高さ約800mの丘の頂上をめざしてコトコトと音を立てて進みます。
線路の両側には熱帯植物も見られます。しばらくするといきなり絶景が。丘の上から市内を一望できる場所にでていきます。
キリスト像の高さは約40m間近では見上げ切れないほど大きいのでみんな驚いていました。
1時間ほど思い思いに風景を楽しみました。おかげさまでさわやかな快晴だったのでキリストを背にすばらしい風景を堪能しました。

その後、昼食を。地元の食堂に。信じられないような安い値段で山のようなご飯とポテト、お肉が。お腹いっぱいになったところでもう一つの代表的な場所、ポンジアスーカへ。
ここは大きな2つの岩山をロープーウェイで結んでいます。
ちょうど夕暮れ時、急いで乗り込んで、先ほど訪れたコルコバードの方向に沈む夕日をじっくり堪能。
そして2つ目の山へ行くころには少しずつ街に明かりがともります。
何度見てもすばらしい夜景。同じような体験を私はしていますがいつも新鮮な感激があります。子どもたちはきっともっと感動したでしょう。もったいないので多くの観光客がほとんど帰るまでのんびり頂上ですごしました。
夜は待望のお土産の買い物に。
滞在しているコパカバーナには毎日、路面のお土産屋さんが軒をつらねる一角があります。50件ほどのお店でみな値切りにトライしながら楽しく買い物をしました。
夕食をたべたら11時半。あっという間の一日でした。

  
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ10日目

8月22日 日曜日

6時半に起床、7時半には別れを惜しむまもなくシャカラを後にしました。
9時前にはカンピーナスのヴィラロボス空港に着きました。
しかし、リオデジャネイロのサントスデュモン空港が濃霧のため閉鎖中とのことで遅延に。
1時間ほど待ち、離陸。なんとかリオに到着しました。
空港からはチャーターのバンでホテルまで。今回はホテルからビーチまでは100mもないくらいです。
しかし、今日はそんな暇がありませんでした。近くのレストランで昼食をとり、マラカナンスタジアムへ。

 

今日はリオの人気チームで現在全国選手権首位のフルミネンセとヴァスコダガマの試合です。
長くヨーロッパで活躍したポルトガル代表のデコ(ブラジル出身)が帰国しての第1戦、そしてなんといっても首位とあって人気のカードとのことでした。
ホテルにはチケットは売り切れているという情報だったので「とりあえず現地でトライする。」ということにしました。
会場のマラカナンでは多くのサポーターが歩道を埋め尽くし、車道はサポーターの運転する車とサポーターを乗せたバスで大渋滞、日本では見られない光景でした。
歌ったり、叫んだり、思い思いに試合を待っています。
あまりいいことではありませんでしたが、何とかチケットを取り試合観戦が可能になりました。
後で知ったことですが観衆は8万人も入っていたようで私は20年ぶりに満員のマラカナンを見ました。
前回見たのは南米選手権1989年の決勝(ブラジル1−0ウルグアイ)
子どもたちには「2014年のW杯の決勝の場所だぞ。」と何度も話してこの貴重な時間を知ってほしいと思いました。
試合も取って、取り返しての繰り返しでサポーターをあきさせない展開になり、結局2−2で引き分けました。
多くのサポーターが叫んだり、飛び跳ねたりして揺れるスタンドやゴールが近づくとみな立ち上がって声を上げるのは、日本ではなかなか見られないので大変刺激的だったようです。  
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ9日目

8月21日 土曜日

朝は9時からパカボルでコラソンブラジルvsコメルシャル(市内のクラブ)の練習試合が行われていて大きな歓声が響いていました。
こちらの子どもたちはかなり下手ですが、とにかく子どもたちが大きな声で指示したり主張したりにぎやかです。
監督、コーチも大きな声で指示しますがお構いなし。
喜びや悔しさの表現が気持ちいです。

さて、朝食後は街に買い物に。といってもお金を大して持っていない(お金はほとんど預けたままだった)のでもっぱらウインドウショッピングでした。

昼食はマリアジュアナ最後のごちそうでした。ソーセージ、チキン、フェジョン、最後までとてもおいしく作ってくれました。
そして働いてくれた彼女、そして洗濯、掃除をしてくれたシーダのためにカレーを作りました。もちろん、彼女たちはたべたことがありません。
作るのは主に娘、向日葵がやりましたが、にんじん、たまねぎの皮むきなどをみんなが手伝ってくれました。そして、圧力鍋で作ったカレーはすぐにできあがり、もちろん、彼女たちは喜んで食べくださいました。

午後はいよいよ最後の試合。パカボルで第3回トーナメント大会です。コラソンは3連覇がかかっています。
試合は7vs7で行われ、参加チームはコラソン、コラソンブラジル、サンカエターノ、プラネタボールの4チームです。
開会式の後のくじ引きで対戦を決め、各チームの第1試合の勝者が決勝、敗者が3位決定戦です。
私たちは第1試合はサンカエターノでした。このチームはいつもあまり強くないので大丈夫だと思っていましたが、同点に追いつかれあわや引き分けかと思いましたが、振り切って3−2で勝ち決勝へ。
片やコラソンブラジルはプラネタボールとの対戦。かなり激しい試合でしたが、2−5で大敗。決勝へ進めません。
3位決定戦はコラソンブラジルがサンカエターノに勝ち3位を獲得。
そして私たちは決勝戦へ。前半2点を先取する優位な展開でしたが、前半終了間際に立て続けに同点にされ2−2に。
後半開始直後には逆転のゴールが決まり2−3と劣勢に。厳しい試合になりました。審判へもクレームをいう子ども、ボールの無いところでも激しいチャージなど勝利への執念を見せました。終了5分前には同点ゴールが決まり、最後のゴールをとがんばりましたが結局引き分けに。
決着はPK戦に。大きな不安がよぎります。そしてPKは3人ずつで争われることになりました。
GKはおまけにここまで一度も合流していなかったフェリペ。いわゆる第3GKでどうもおぼつかない守備でしたのでGKを雄太郎、雄哉に、あるいは圭汰にと話しました。しかし、本人はやる気満々。そしてほかのコラソンブラジルのGKたちがフェリペを激励に。
ここはフェリペを信じようということで送り出し、キッカーは信雄、達也、圭汰の順に決めました。
信雄は気持ちの入ったキックで一瞬止められそうになるもGKの脇の下へゴール。
そして、なんとフェリペは相手の1人目のキッカーをストップ!大きな歓声が沸きあがりました。
その後、達也も決め、相手も2人目が決め2−1。圭汰が決めれば勝ちです。
濱島コーチに促されみな歓喜のランニングの準備をしてキックを待ちました。
そして、いつものところへ決めるだろうなと思いきや、ど真ん中で突き刺して3−1で見事優勝!3連覇達成です。
みな歓喜の輪になって、そして外で応援していたコラソンブラジルの子どもたちももみくちゃになって喜びました。
なかなか日本では見られない光景で、ほほえましいものでした。
閉会式ではそれぞれメダルももらい記念撮影、そして1週間一緒に試合を行ったコラソンブラジルの子どもたち、その家族、あるいは多くのお手伝いをしていただいた方々にお礼を言いながら終了しました。

興奮さめやらぬという感じのまま夜は市内でも高級なレストランへ。
おいしいお肉やご飯をいただきました。少し小高い丘の上のレストランで多くの大人の方は着飾って着ています。
もっぱら子どもたちにはきれいな夜景や素敵な音楽の演奏よりお肉のほうが大事だったようですが。
こういうロマンチックな場所でお食事することの素敵さもわかったほうがいいよといっておきました。
また、食後にシャカラに戻ってからジュニオールから一人一人に記念Tシャツをもらいました。
 「みんながとても規律正しく生活してくれたし、チームのために行動してくれてとてもうれしい。ここはシンプルな施設だからホテル並みの生活はできなかったと思うけど我慢してくれてありがとう。ここまでの予定がすべて順調に終わって働いてくれたみんなも私も満足しています。ありがとう。」という話でした。子どもたちもみな満足した表情で話を聞いていました。

では、夜が明けたらリオデジャネイロに移動です。
約100Kmほど離れたカンピーナスからリオまで飛行機で移動します。
ここまで順調な10日間でした。リオではお天気がよいことを、そしてリオ初の試合、パケタ島での親善試合がうまくいくことを祈っています。
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ8日目

8月20日 金曜日

午前中は湖に行く予定でしたが、ジュニオールの都合でキャンセル。12時からの室内プールのみになりました。
みなプールで元気に遊んで1時間ほど過ごし、最後は25M自由形選手権を開催。
見事、達也が優勝しました。

昼食はシャカラで取り、本日はレーメへ。こちらはまた20Kmほど離れたところです。

試合は夜に予定されているので市立動物園にいきました。
象、カバやワニ、ライオンやオンサとよばれる豹のような大きな動物、そしてブラジル、中南米特有の鳥類などシンプルながらも興味深い動物がたくさんいました。
ちょうど5時の閉園前でお客様はほとんどなくのんびり貸切状態でした。

 

本日の試合は昨年も訪れたEMPYLEOというクラブ。
会員は総数で9000人以上だそうです。

ここは総合スポーツクラブで広大な敷地にミニサッカー(ソサイチ)7面、サッカーコート、テニスコートが10面ほど。
駐車場も500台は止まりそうです。

会長直々にお迎えをいただきました。昨年もそうでしたが、お渡ししたコラソンTシャツを喜んですぐ着ていただいて試合前のセレモニーに臨んでいただきました。

とても友好的で、またクラブがとてもきれいに整備されているのが特徴でした。
試合はすばらしい選手が数名おり、こちらが前半に簡単に2点を先取するものの2−1、2−2,3−2、3−3と取っては取られの展開になり引き分けを覚悟しましたが、最後の最後で決勝ゴールが入り4−3で勝利を収めました。

 

 

試合前、

「コラソンブラジルの子どもたちとチームメートになってこれが最後の試合だから是非勝とう。
 もちろん、勝ち負けは試合だからつきものだけど大事なことはサッカーがあるおかげでこうして出会えたこと。
 この貴重な経験こそが今回の目的なんだ。人生の中でサッカーを選んだからこそ、この出会いがあったことを感謝しようね」

と両方の子どもたちに話しました。

みな、気持ちも入ってよい試合ができたのではないかと思いました。

試合後も過分なもてなしを受け申し訳ない感じでしたが、広大で整備された施設だけでなくそこで働く人々の明るく真摯な態度が大変印象的でした。

 

コラソンブラジルのブルーノと雄哉→

 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ7日目

8月19日 木曜日

午前中は思い思いに過ごしていました。
連日夜が遅く1:00ごろに就寝しているので朝がゆっくりで体にはよいようです。

本日は30kmほど離れたコンシャル市へ。例年のようにコンシャル市からスクールバスでお迎えがきました。
コンシャル市はサトウキビだけでなくオレンジ畑が多く、行き帰りに高速道路から見るとはるかかなたまで一つの農場という光景も珍しくありません。
さて、平日の午後ということもありスポーツ課のオズマールさんがいつものように迎えてくださいましたが、昨年のように市長さんはいらっしゃいませんでした。
また、観客も少なく、昨年とは大きな違いがありました。
それでも国歌斉唱のために大きなスピーカーを積んだ車をよんでいただき盛大にセレモニーをしていただきました。

試合開始。しかし、きょうも主審は一人で、かつ審判服を着てない若い子ども、いやな予感が・・・。
案の定、オフサイドは取らない、ジャッジは向こうよりで試合が進んでいきました。
しかし、こちらが先制点、2点目を取り前半を終了。後半に入ってすぐに3点目が入ると試合が決したので落ち着くかと思いきやさらにジャッジが向こうに有利になり荒れ放題。
仕舞に自分が中に入って審判に食って掛からなければいけない始末。またもいらだつ展開に。
結局、昨日同様、オフサイドの点もありましたがなんとか3−2で逃げ切りました。
試合後はお互いに「さっきはすいませんでした。」という挨拶になりましたが、連日の展開に悲しい気持ちになりました。

将来のある子どもたち、厳しい試合も必要です。しかし、明らかに怪我をさせるようなファール、試合を混乱させるジャッジ、
いずれもサッカーを脅かす行為で今更ながら審判の重要性も感じました。
これまでコンシャル市は審判員も必ず2名以上呼んでくれていましたから。
ブラジルではちゃんと審判服を着た審判員がくることが多い。昨晩のヒオクラーロのADC OVER CONINGは3名の審判を用意してくれました。
最低でも1名、ブラジルは片面ずつを担当する2名制もよくあります。
いずれにしても権威がある大人の審判員は必要でした。来年の課題になりました。あるいは自分がやるしかないですが。

その後はパカボルでコラソンブラジルの12歳から15歳の子どもたち(本日の参加者は15名ほど)と一緒にトレーニング。
1時間ほどの練習のあとに市内体育館でコラソンブラジルの7歳、8歳の子どもたちの練習試合を応援に。
自分たちの後輩がブラジル人でもあることを子どもたちはどう感じたでしょうか?

試合後は近くの移動遊園地で1時間半ほど遊びました。
観覧車や小さなジェットコースター、異様に早く波をうって周る遊具など質素ながらも子どもたちの興奮をかきたてていました。
また、同じ年代の子どもたちにたくさん興味をもたれ一緒に写真をとったりしていました。
なかなか積極的に女の子に話しかけられることがないと思うので恥ずかしながらもうれしそうでした。
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ6日目

8月18日 水曜日

 

 

 

 

 

←航己とプレティーニャ。
プレティーニャは日本語に訳すとクロちゃんという名前の犬。
毎年コラソンの皆を出迎えてくれる大切な仲間です。

 

朝は大津家よりスカイプが。ほぼ全員のお母さん方が集合!
それぞれに話をしていましたが、子どもたちは恥ずかしがって事も無げな感じであっさりしていました。
反対にお母さん方がかなり興奮して拍手してるのを見て、子どもたちは「(お酒を)飲んでるんじゃないの?」と言ってました。
いずれにしても地球の反対側のわが子をいとおしく感じる時間だったと思います。

その後、午前中はジュニオールの恋人であり、シャカラなど共同で事業をしているデニーゼ、そのお父さんが経営しているアルミニウム工場を見学しました。800度の純粋アルミニウムがテフロン加工のフライパンや圧力鍋になるのをみな興味深く見ていました。
この工場は生産、加工、出荷まで行っておりブラジル全土に、また一部外国にも送られているようです。暑い中、あるいは危険な作業の中、みな黙々と働き、それでも私たちには笑顔で接してくれました。それでも、ブラジルの平均的な月収は3万円から5万円と言われています。BRICS、そしてワールドカップ、オリンピックで景気が上向き、外資も多く投入されるブラジルですが、基本的にはみな一生懸命、質素な暮らしぶりです。でも、みな明るく笑顔を絶やしません。

昼食後、アララスから30Kmほど離れたヒオクラーロへ。初めて訪れる所です。人工は12,13万人ぐらいということでした。
ここは工場の町で愛川町のように大きな工場が多く、工業都市だということでした。
まず第1試合はアカデミーF7でした。2ヶ月前に設立されたこのアカデミーはオーナーがすべて出資しているので子どもたちの会費は無く、コーチはプロ、ユニフォームなども貸し出しているそうです。グラウンドはさびれた場所でしたが、今後はリフォームしていくということでした。ブラジルでは最近は代理人がクラブやアカデミーを設立して直接提携するクラブに売り出すのが多いようです。

試合はいきなりスピードに乗った攻撃で先制されました。そして、その後はオフサイドを意図的に見逃す主審(相手のコーチ)のおかげで立て続けにゴールを決められ試合は台無しに。あっという間に0−4になりました。
ハーフタイムには相手の監督と審判のコーチに強く抗議しました。試合をセッティングしてくれたジュニオールや相手の監督には悪いなという気持ちがありましたが、あまりに露骨な判定に腹が立ちました。
こういう洗礼は初めての場所だからこそだと思います。
いつものアララス、コンシャルのクラブなどは決してそういうことはありません。
そのコーチは最初に私たちと挨拶を交わすことなく無礼で、試合後も当然、決して姿を見せませんでした。
だから、そのクラブというよりもその人の問題だと思います。
試合の結果がどうであれ子どもたちには一生に一回しかない機会。
その貴重さが理解できるならば、私たち大人はもっとその重要性を知っているべきです。

ジュニオールも珍しく私が「抗議していいか?」と聞いたら「いいよ。」と言ったので、彼も相当納得できなかったと思います。
結果的には試合は1−5でした。試合を台無しにしたオフサイドの2点を差し引いて1−3ということでジュニオールとは話しました。
最後に相手は16歳の子どもも多数いたこともわかりました。

その後、2時間ほどショッピングセンターで休憩。
 


第2試合は20:30キックオフ。

SESIという施設に向かいました。
SESIはブラジル全土にある学校とスポーツクラブが一体になったものでここはグラウンドというよりスタジアムになっていました。

相手はADC OVER CONINGという外資系の会社のクラブでした。サッカースクールという感じの趣きでした。
先ほどと変わって大変友好的で試合前後に私たちが挨拶をすると大きな拍手や声援を送ってくれました。

試合はさほど難しいものではなかったようで4−1で快勝でした。
ブラジル人のチームメートのブルーノが初得点、ギリェルメがPKを獲得して圭汰に譲るなどチームも一体感がありました。

ただ、勝ち負けに関係なく、相手チームは全員に出場機会を与えて私たちとの試合を楽しんでくれました。

試合後も写真を一緒にとり、子どもたちは日本からのお土産を渡していました。

どのような国でもそのクラブの姿勢は通じるもの。
アカデミーはプロ志望者を養成するとはいえ同じ子どもを育成する身であるはず。
2つのことなるクラブの姿勢に考えさせられる日でした。

 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ5日目

8月17日 火曜日

 

 

朝は田畑コーチとスカイプで談笑。
久しぶりにみるこちらの給仕さんマリアジュアナと談笑したり、濱島コーチと近況を伝え合ったりしていました。
その後、午前中はフリータイムでシャカラの中で思い思いにビリヤードや卓球やプールを楽しんでいました。

←田畑コーチよりスカイプ。雄太郎は何故か室井さん顔。

 

 

午後はアララス市で唯一のプロクラブであるウニオンサンジョアンへ。
かつて光俊コーチが1年半ほど滞在していたクラブです。また、ロベルトカルロスがプロのキャリアをスタートさせたクラブとしても知られています。
今回も去年と同じでスタジアムではなくトレーニングセンターでの試合でした。残念ながら相手はBチームで、またその中の数人は入団テストを兼ねているということでした。
年齢も1つ、2つ下の子もいます。
しかし、試合前にはその話はせず、昨日の悪い流れを断ち切るように気持ちを高めました。
そういう相手とはいえ試合はなかなか自分たちの流れをつくれないままで前半を終了。もう一度ポジションなどを確認し、後半はもっと攻撃的に進めるようにいいました。
それでも改善された感は少なかったのですが、圭汰が一瞬のひらめきですばらしいシュートを決めて先制。
その後、終了間際に相手のバックパスを見逃さなかった達也が追加点を入れ2−0で終了しました。
みな昨日の悪い流れをきれた安堵感がありました。
帰りはウニオンの会長のパバンさんにも偶然会うことができました。

 

また、その後は市内で有名なパステウのお店のサイトーヘ。昨年もそうでしたが、先日のジェンゴさんとどっちがおいしいか食べ比べをしに行きました。もっぱら子どもたちは飲んで食べれてブラジル人のチームメートとわいわい談笑できればなんでも一緒のような感じでしたが?

  
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ3・4日目

8月15・16日 日・月曜日

16日(月)
午前中は休息。朝食時に大津家と初Skype。
「話すこと無いなあ〜。」と言いつつ10分ぐらい話していました。明日から殺到しそう?

その後、ジュニオールの持っているソサイチコート「パカボル」(コラソンブラジルのホーム)で軽く紅白戦を楽しんで、その後、恒例のプール遊び。飛び込みを繰り返してました。

昼食後は市内では高級なクラブ、AAA(アソシアソン アトレチカ アラレンセ)へ。

アソシアソンは常に強いチームなので難しい試合になると思いました。前評判は「今年は強くない。」ということでしたが試合を支配するも1−0で負けました。実は大会の際に主力が家族旅行でいなかったため負けて「強くない。」という評判がたったらしい。
初めて負けてブラジル人の子どもたち含めみな声がでなかったけれど、やはり3連勝して甘く見ていた、悪い「慣れ」が出たんだなあと思いました。明日はさらに強い相手、ウニオン サン ジョアン。選手たちはプロを目指している連中です。厳しい試合を期待しています。


 

15日(日)
サンパウロ市へむけて朝8時にアララスを出発。
11:30にサンパウロ市のパカエンブースタジアムの中にあるフットボールミュージアムを見学。ブラジル初のミュージアムで、これまでのブラジルサッカーの歴史や栄光の数々がユーモアも交え映像や3Dで各コーナーで紹介されていました。ただ、サンパウロFCとの約束の時間があったので駆け足で見学しましたがなかなか興味深いところでした。
その後、サンパウロFCに到着。一般会員の育成部門のダイレクターであるアンセルモさんのおかげで今年も試合をすることができました。今年は9vs9のソサイチを行い、10年ここにお世話になって初めて勝ちました。7vs4 負け始めたときにサンパウロの子どもたちが文句を言ったり、ファールを連発したり、主審をした濱島に食って掛かったりしたのであまり気持ちのよい試合ではありませんでした。後味は複雑でした。ジュニオールも帰ってから「あんないやな試合になって残念だし、そういう態度がブラジルのサッカーだと思ってほしくない。もちろん、サンパウロの勝った事はうれしいと思っている。」と子どもたちに話してくれました。
彼とは常に「教育」ということについて話し合っています。私たちは常に勝てるわけではない、すなわち「負ける」ということを知っている。敗北を受け入れる必要を知っている。でも、教育がなっていないと、あるいは甘やかされてばかりいると負けることを知らない。負けを受け入れられない人格になる。それはとても情けないこと。サッカーだけでなく、いろんなことで「負ける」ことが人格を否定していることではないということをしるべきだし、それを受け入れる度量や謙虚さを持ち合わせることが大事だと話しています。

試合後はアンセルモさんの計らいでVIPルームの入り口を通って会員の席に案内していただき、ブラジル全国選手権(J1リーグと同様の全国規模のリーグ)サンパウロFCvsクルゼイロの試合を観戦しました。残念ながら1−2で敗戦かと思った残り5分で同点2−2になりスタジアムは熱狂しました。しかし、逆転のゴールはありませんでした。
そしていつもアンセルモさんと同様に私たちを迎えてくれるサンパウロFCのジュニオールさんもスタンドで待っていてくれました。
久しぶりにお互いの近況を話しました。

この日のサンパウロは大変寒く、アララスに帰れば大丈夫と思ったらアララスもさらに冷え込んでいました。子どもたちも常にウォーマーコートを着ていました。

 
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプ1・2日目

8月13日・14日 金・土曜日

 

第2日 近くのサンベネディトという教会所有のグラウンドでタレントプロジェクトというチームと試合を行いました。
その名の通り、選手の卵を発掘するのが狙いで選手の仲介人も目をかけているチームです。選手たちもアップからかなり意識が高い様子でした。
試合は昨晩なれたのか最初から押し気味に進めることができ先制点も比較的早く決まりました。守備面での連携はブラジル人がGKと両サイドバックだったのでコンビネーションが難しいようでしたがハーフタイムに修正を話したら、すぐに対応していました。
今回の仲間の子どもたちはとても明るく、積極的にコミュニケーションをとってくるので子どもたちもやりやすそうです。
私のことをからかってくるぐらい明るいので切り替えがはっきりできてやりやすいです。

さて、試合は後半に数回決定機を作られましたがGKのアンドレの好守も随所に見られ0に抑えて1−0で2連勝を飾りました。
試合後はさらに子どもたちで若者言葉を教えあったりしてより親しくなったようでした。

 

第1日 フライトはほぼ順調でしたが、アトランタからの出発が2時間遅れたため約1時間遅れてサンパウロに到着。各地からの到着便が重なり入国審査、手荷物検査場が混雑したため到着してからロビーに出るまで1時間半もかかりました。
ロビーでは、ジュニオール、そして彼のお父さん、いとこのHENANが待っていてくれました。1年ぶりの旧交を温めてからすぐにバスでアララスへ。珍しくサンパウロ市内が混雑が少なくスムーズにアララスへ移動できました。
昨年は雨が多かったので今回は雨具も用意してきましたが、約1ヶ月も雨がないということで乾燥していました。また、気温が低いのかと心配してましたが、昼間も23度程度で過ごしやすい状況です。
一日目の試合相手はアララス市の大きな企業のひとつのネスレのクラブ、GRENA-Nestleのチームと対戦しました。3回目の対戦でしたが、過去2回は勝っているのでかなり本気でかかってこられるぞと警戒していました。
いつものように両国の国歌を流すセレモニーを行いました。今回はネスレの責任者の方もこられていましたし、父母の応援も一番多かったように見えました。
試合は、コラソンブラジルの子どもたち、5人を加えて行いました。(2人)試合は終始、リズムを持って進められました。初めての海外経験ですが思い切って走れているようにみえました。最初は相手も積極的に攻めてきましたが、落ち着いてからは少ないチャンスでこちらが先制すると、次第にこちらがよいリズムで試合を運ぶことができました。一時同点にされましたが後半にすばらしいシュートが入り2−1で勝利しました。幸先よいスタートでみな安堵の笑顔に見えました。試合後はクラブハウスでネスレのジュースやヨーグルトドリンクなどをたくさんご馳走になりました。
 

2010 インファンチル3年生 ブラジルキャンプへ出発!

8月12日 木曜日(日本)

大きなスーツケースをバスの荷台に積み込み、皆いつもの合宿に出発するようにバスに乗り込みました。約24時間かかるブラジルへ!行ってらっしゃい!

町田から京成バスで成田空港へ向かいます。午後3時55分発のデルタ280便でアメリカアトランタ・ハーツフィールド国際空港へ。アトランタからデルタ105便でブラジルサンパウロ・グアルーリヨス国際空港へ。到着時間はブラジルの8月13日の朝、午前8時15分の予定。日本時間は8月13日の夜です。

 

2009年度のブラジルキャンプ報告はこちら。